『Another day has passed me by.』














 「次はなんだい?」
「卵と特売の洗剤だな。」

 酷く主婦じみた台詞を至極当然のように吐き、彼は手の中のメモをくしゃっと丸めて元のポケットにしまった。それをちらっと横目で見てから、今度は自分の手元を見る。白いビニール袋の中でネギやら大根やら普段丸ごと見ることはあまり無い野菜たちがひしめいていた。これがことのほか重い。しかし隣で、やはり特売だったティッシュ五箱だの砂糖と塩をそれぞれ三袋ずつだのを抱えそれでも慣れたふうにすたすた歩く友人の姿を見ているとさすがに文句も言えず、牛尾はただ黙ってため息だけついた。

 「…いっぱい買うんだね。」
「家庭科か何かで習っただろう、貧乏な家ほど食料に金をかけるんだ。」
「……、それとこれとは、」
「一緒だ。」
「……。」
 断定してしまった彼、屑桐は、ただひたすらに目指すスーパーの方向へと突き進む。


 こんな、広告でわざわざ安いスーパーやら魚屋やらを調べて巡る体力があるなら、買い物なんて人に任せて野球にその力を注ぎ込めば良いのに。メイドとかに頼んでさ。



 …と、ここまで考えてやっと牛尾も一般家庭にメイドなど存在するわけが無いことに気付く。そして再度ため息をついた。
 本当なら自分は今頃は、素振りでもしているはずだ。返す返すも悔やまれる。


 どうしてあの時、ジャンケン勝負など承諾せずにいつも通り野球の一球勝負を提案しなかったのか・と。




 「不満そうな顔だな」
「そりゃそうだよ僕買い物より野球の方が好きだもん」
「そんなのこちらとて同じだ、しかしこれも生活のため。第一ジャンケンに負けたら俺に付き合うという提案を承諾したのは貴様だろう」
「そうさだから今ずーっと後悔してたんだ、やっぱりいつも通りの一球勝負にすれば良かったな・って。」
「後の祭りというやつだ、諦めろ。そして次に買う卵と洗剤のうち卵は貴様が持て」
「…それって人に物頼む態度かな」
「元より頼んでなどいない、勝負の規約に基づき命令している」
「あーはいはい分かりましたっ!!」

 とことん無愛想になんの感情も挟まずこちらの言い分を全て否定していく屑桐に、牛尾はヤケ気味に怒鳴ってそしてぎゅっとスーパーの袋を持ち直した。

















 それから十分後。
 彼らの荷物は新たな商品を迎え更に重量を増していた。特に洗剤は重そうでありしかしやはり屑桐はそれほど辛そうな様子も見せなかった。少々程度なら疲れているように見えなくも無いが。

 「もう無い?」
「もう無い。帰るか。」
「…良かった」
 は〜っと深くため息をつき、今度はこれから長く続く屑桐宅への道のりを考えいささか背筋を寒くする。
 いっそのことニルギリに頼んでヘリでも呼んでしまおうか、などと商店街のど真ん中で傍迷惑な事この上ない考えをめぐらしていると、どこからか軽い鐘の音が聴こえた。高らかなようで、少しくぐもった、妙な音。学校のチャイムのようにも思える、ような。
 「…何?今の。」
「あ?…あぁ。福引きだな。」
「え?ふくびき?」
「そうだ。そういや券をもらっていたな、ついでにやっていくか…」
「…何、それ」
「なんだと?」
 屑桐の言葉になんとも間の抜けた声でぽつんと問うた牛尾に対し、屑桐もなんとも間の抜けた声でかなり素早く訊き返した。

 「だからさ、ふくびきって何、って。“やっていく”ってことはゲームか何かなの?」
「………」
「ん、屑桐?」
絶句する屑桐に牛尾は相変わらずのんびりと、きょとんと目を丸くしてまた訊く。屑桐は、
「…貴様の世間知らずがここまで重症だったとは思わなかった……」
言って、荷物も地面に落としたまま空いた右手で額を押さえた。
 「…そぉかな。」
「そぉだっ。」
力いっぱい肯定する屑桐に、牛尾は困ったように眉を寄せながら曖昧な笑みを浮かべた。
「ほら、あの、僕さ。こういう庶民的なお店の集まりとかあんまり来たことないから…買い物なんて野球用具以外は全部ニルギリとかメイドとかに任せっきりで」
「あぁそうだろうなそうだろうよそんなことだと思ったよこの箱入りブルジョワ息子め!」
 ごく一般的な商店街を“庶民的”と言い切り買い物などメイドや執事に任せっきりだとぬけぬけと言い放った友人に、屑桐は心の底から呆れ、その無知を嘆き、そんな彼に肝心の野球ではなかなか勝てない自分を情けなく思った。そして、
「しょうがねぇな…やらせてやるよ」
「え?」
「福引き。」
「え…」
驚き少し戸惑う牛尾に、びし、と人差し指を突き立てる。同時にがさりと揺れるはティッシュ五箱を詰めたビニール袋。



「何事も、経験だ。」
鋭く言った。






















 この数ヶ月の細々とした買い物の結果、屑桐の持つ福引きの権利は二十回分に及んでいた。
「半分は俺、あと半分をお前にやる。」
 全部やっても良かったが、屑桐はそういえばそれまで牛尾がクジの類を引くところを見たことが無かった。たかが福引き、されど福引き。せっかくなら良いものを引きたい。

 要するに牛尾のくじ運が悪かった場合のための保険である。







 家は金持ちらしいが、本人の運の方はどうだか分からん。



 そんな思いを抱きつつ、さっそく嬉しそうにクジのハンドルを握る牛尾を見つめた。













 玉が出る。





















 「…まぁ、あれだ。福引きなんて人生においてそんなに意味のあるもんじゃ無いぞ。お前なら別にくじなんて引かなくたって金は通帳から出てくるじゃないか」
「……」
 あまり励ましになってない励ましに応えることもせずどんよりと肩を落とす牛尾の目の前、そこには出た玉を受け止める金属トレイとその中に入ったきっちり十個の赤玉があった。

 ちなみに赤玉は末等、ポケットティッシュ一つ。

 「…あの、な」
「そちらさん早く引いてねー、後が詰まるからー。」
 再び慰めを試みかけた屑桐に多少事務的な店員の声がかかる。仕方なくくるりとクジに向かい、そして勢いをつけて回した。











 玉は出る。





















 「…何が“福引なんて人生においてそんなに意味のあるもんじゃない”さ……」
「まぁこれが運命ってもんだな」
 無愛想に、そしていささか気まずそうに言うも、彼の手にはサラダ油・高級牛肉詰め合わせ・五千円商品券などなど四等以上の商品が計十回分。だぶったものも含まれるがそれでも彼の瞳にはやはり満足げな光が宿っていた。これでしばらくは夕食のおかずが二品に増えるだろう。
 「あーぁあ、僕ってほんとに運が無いんだねー。」
ため息混じりに言う牛尾を少しだけ眺めると、屑桐はこともなげに言った。
「お前の場合はな、きっと、生まれる時に持ってた運全部使っちまったんだよ。きっとな。」
「へ?」
 うまれるとき?と、素直に食いついて訊き返してくる牛尾に、顔は正面に向けたまま、それまでよりかなり重量を増した荷物を半分引きずりながら、言う。
「聞いた話だけど、人は、生まれる時にクジ引いてくんだとさ。で、当たりクジなら良い人生、ハズレを引いたら俺みたいに貧乏して苦労してろくなことの無い人生になる」
「それで僕は当たりなの?屑桐くんはハズレ?」
「そうだ」
「嘘だぁ」
「あ?」
 怪訝に思い振り向くと、相手も負けず劣らず怪訝な顔つきで酷く真剣に言った。
「僕、当たりなんかじゃ無いよ、きっと。だってさ、福引きのことだって知らなかったんだもん。他にも君と居るだけで知ったことがたくさんある。知ってるつもりで、知らないこと、いっぱいだ。」

 抱えた八百屋のビニール袋がかさかさと風に揺れて音を立てる。金髪が同じように、いや、それよりずっと柔らかく、風に揺れた。



 「知らないことは何より不幸だよ、屑桐くん。自分の愚かさすら知らない人間が幸福になれるはずもない。知れば知るほど、苦しくなるのも確かだけれど、」



 青緑色の瞳が淡く煌めく。





「…でも、やっぱり。知らない僕は、そんなに幸福じゃあないと思う。」








 しばらく沈黙、そして、
「…牛尾。」
「ん?」
「お前、いっつもそんなこと考えてんのか。」
「へ?…あー……かもね」
「馬鹿」
「へ!?」

慌てて叫び、どうしてさ屑桐くんとしきりに訊いてくる友人を無視して先を行く。















 まず心に浮かぶのは、そんなこと考える余裕があるってだけで充分幸福だ馬鹿野郎という愚痴にも罵倒にもならない苛立ち。

 そしてその次に、彼の言葉を素直に呑み込め、しかし否定したくなるような妙な感覚に襲われた。
























 俺は知らないことをそんな不幸だとは思わない。何でも知ってる奴なんか居ないし、お前の言ったとおり、たくさん知ることはそれだけ苦しいことだ。そう思う。



 けれど、いつもそんなことを考えているのも不幸だと思うんだ。








 もっとどうでも良いこと考えてたって良いだろう。もっと、目の前のことだけに必死になって、とりあえず生きていくぐらいでだって良いじゃないか。
















 お前は幸せだ。きっと、幸せになるべくして生まれてきた人間だ。





 お前は自分を不幸だと思っているようだが、それでも。
 それでも、俺は。































 他愛もないはずのその夕方から季節が何度も何度も変わって、いつの間にか彼らの間に嘲笑と蔑みが生まれた、そしてその他はほとんど何も無くなった。
 いや、それらすら無かった。マザー・テレサは「嫌い」と言っているうちはまだ良くて「嫌い」すら無くなったところ・「無関心」こそが最も哀しく不幸だと言ったが、正にそれだ。それの一歩手前まで、彼らはきていた。

 けれど。





















 「今日の屑桐さん、よく喋ったッスね〜。」
後輩が例の如く慇懃無礼に軽く言う。その方向を少しも見ることなく、屑桐は手元の真白い紙を折りたたんでいった。
 「ホント。よく笑ったし(^-^;)」
ほんの少しだけ口調のマシなもう一人の後輩がまた言っている。やはり見ずに、ただ折っていく。見慣れた形。見慣れすぎてもう飽きたはずの形。
 「相手の人、でも、変わってたング…きんいろのかみのけ」
ずず、と鼻をすする耳障りな音が聞こえて、一瞬だけティッシュを取ろうかと手を伸ばしかけたけれどもやはりやめ、そして折る。

 飽きたはずだけれども、でも、折らずにいられない形。

 「なんじゃ、また作っとるんけ、屑の字。」
これはかなりぶしつけに、しかし同年齢なのであまり気にならない・気にしない声。言葉。


 それにも答えず、そして折り終えた。






 真っ白い、ただ悪戯に簡素で無機質な、紙飛行機だ。





































 結局のところ。



 弱者を踏み越えだのなんだのと色々言ったが、しかし、貴様なら。


 自ら張り倒した弱者どもにそれでも慈愛の花を手向けたりするのだろう。そして微笑んだり何か聖書の一説のような美しい言葉でも添えてやったりするのだろう。









 それでも良いどうでも良いただ  俺は、










 祈っているんだ。




 こんな俺だけど、それでも。












 幸あれ・とまでは言わない、ただお前が「知ること」・それに何だか俺には分からない小難しいこと・以外にもひとの価値を見出せるように、見出せれば良いように・と祈ってる。
 どうしてか・は解らない、けれ、ど、






 祈ろうと、思う。






































 ああ空に舞うのは千羽鶴、真白い紙飛行機・千羽鶴。

 この風を薙ぎあの空の青を踏みつけそして翔べ。















 今はただ俺自身のために、けれど何処かで、いつかでお前のために。


























                      -----------------End.Thanks for Ei Yuduki!!


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 <ひっそり言い訳>

 なんかもう元ネタ考えてから数ヶ月経ってますが社さん(駄目じゃん)
 この話を思いついた一番最初はあのWJで地区大会対戦校抽選会を読んで牛さんのクジ運無さに萌えてしまったことからきてたり(汗)しますが、なんですか。もっと元をたどるとボツにしたギャグ漫画ですよ(おい)
 個人的には気に入って(そればっか)……げほげほ。。

 こんなでもよろしければ、弓月さま、どうぞお受け取り下さい〜!(逃亡)